-エピソード]U-(♂ver) 「はぁっ…はぁぁっ……んくっ…」 脱力したように俺に抱きついて荒い息を吐く紺野を暫く抱き締めていた。 俺の方は膝が笑っているけど仕方が無い。 片脚を抱え、紺野が落ち着くのを待ちながら、まだ挿入したままで余韻を味わっていた。 ――凄かった。強烈に気持ち良かった。 脳みそまで射精をしたかのようにクラクラしてる。 分身は萎えかけていながらも、時折締まる紺野の部分によって未だに抜けない。 これ以上放っておいたら中でゴムが外れるかも。 そう感じた俺は、密着させていた腰を離すようにして分身を引きぬいた。 「あ…ちょ、ちょっと。紺野」 「…ん〜?」 分身が抜けきる時、タイミング良く紺野が力を入れたらしい。 俺が被せていたゴムは完全に外れ、半分ほどが紺野の脚の間に垂れ下がっていた。 そしてその中から垂れて落ちそうになっている精液。 俺は慌ててそれを摘み、全体を引きぬいた。 それを抜くために俺が離した脚を紺野は下ろしたが、まだ抱きついたまま。 離れた腰をまた押し付ける様に密着してくる。 射精直後で敏感な萎えた分身が、薄めの繁みに擦られて少しくすぐったかった。 「ふん〜…」 溜息のような音を出した紺野が俺の前に顔を出す。 「…チュッ…凄く気持ち良かったよ」 「ほんと?…んへへ…私も…よかった」 「一緒にイけたみたいだしな」 「そだ、ね」 そう言った紺野の火照った赤いほっぺたが、更に赤く染まる。 ―――やっぱり可愛い――― ついさっきまで、タガが外れたように淫らだった姿が想像できない程に恥かしがる紺野。 潰されるように当たってた分身からも逃げるように腰を引いている。 「な、なあ、紺野…」 「ん?」 俺に裸のお尻を撫でられながら顔を上げる。 潤んだままの瞳。 その大きくキラキラしてる目が俺を真っ直ぐに見つめている。 「…」 やっぱり言葉が出なかった。――好きだ―― って。 「どしたの?」 「い、いや、何でもない。……あ、あそこ…拭かなきゃな、って」 勇気のない俺はそんな言葉で話を逸らした。 紺野も恥かしさが増しているのか、俺の目から逃げるように俯いた。 俺から離れていく腕が何とも寂しい。 「あのー…A君?」 「え?な、何?」 「お、お尻…離してくれないと…」 「あ…」 俺から離れた紺野は、給水塔の配管にかけてあったスカートを慌てたように身に着けて、 俺に背を向けるようにしてしゃがみ込んだ。 「み、見た?」 「い、いや…」 その態勢のままで振り向いた紺野にそう答えたが、 スカートを履く為に前屈みになったその姿はバッチリ目に焼き付けていた。 汗の光るお尻と太もも。 内股やあそこの周りもキラキラと光り、 掻き回されて完全に白くなった粘液が、割れ目に沿って大量に付いていた。 「…み、見ないでよぉ〜恥かしいから」 覗き込むようにして自分の股間をゴソゴソやってた紺野がまた振り向いてそう言った。 「…ま、まだ…する、の?」 「え?な、なんで?」 「だって、おち…、そ、それ、拭いてないし」 指をさされてそう言われ、今更ながら気がついた。 先の汚れたままの萎えて小さくなった分身。 それを丸出しのままで紺野の目の前に垂らしたままだった。 今度は俺が恥かしがりながら紺野に背を向けた。 シテる最中よりも妙に照れくさい終わった直後の時間。話す事も特に無い。 ただ、出来る事ならずっと寄り添って居たい気持ちだけだった。 「じゃ、帰ろうか。…暑いし」 「あ、そ…そうだな」 「手、繋いで…い、いい、かな?」 俯きながら小声でそう言った紺野。 俺は汗ばんだままの手のひらをズボンで拭い、無言のままでその小さい手を握った。 充実感と幸福感で俺の胸は一杯だった。 繋いだ手の温もりと柔らかさ。並んで歩く紺野の汗の混じった香り。 俺が口に出さなくても、もう完全な恋人同士になっている感覚だった。 俯き気味で表情は見えないものの、 指を絡めた恋人繋ぎの手を時折覗き見るような仕草をしている。 そんな事も、紺野も同じ感覚で居てくれるように思えていた。 屋上の強い日差しから漸く逃れ、薄暗い階段に入り一緒に降りていく。 俺の腕に軽く触れた紺野の腕が、汗で僅かにベタついていた。 普通なら気持ち悪いそんな感触も、ただただ嬉しかった。 踊り場を回った瞬間、握った紺野の手に力が入った。そして足が止まる。 足元に落ちている一枚のハンカチ。 俺にもどこか見覚えがあった。そしてそれを拾い上げる紺野。 「来る時落としたのか?」 「…うん。そうみたい」 「気をつけろよ。落し物の多いポン野さん」 「……う、うん」 そう。多分この瞬間まで、俺は完全に紺野とは恋人同士になれたと思っていた。 だが紺野は、何かを思い出したかのように急に素っ気無くなった。 握った手も離し、無言になり、これ以降俺の方を向いてくれなかった。 まるで「あなたとは恋人同士じゃないから」と言わんばかりに…… ********** 三時限目が終わり、ざわつき始めた教室。 動きの無かった熱気が掻き回されてほんの少し生き返る。 「ハァ〜〜」 今日何回目かの溜息やら。 今日どころか、今週の俺は溜息ばかり吐いている。 暑さによる疲労も重なって、日を増す毎にそのサイズも何となく大きくなっていた。 学校での補講も三週目に突入。 一般の予備校に行く人間やら単にサボりの人間やらの空席が増えつつも、 俺は殆ど紺野の姿を見たいが為に登校を続けていた。 だが姿を見ると、嬉しいながらもかなり苦しかった。 ――やっぱり恋人にはなれないんだよな。 色々と自分の中で納得しながらも諦めがつかないせいも有る。 せめて、以前のように普通の会話だけでも交わしたかったが、 あの日以来それさえも侭ならない程に、近寄りがたい空気を紺野は発散していた。 だが気持ちの落ち込みは有るものの、性欲はやっぱりあるわけで… こんな状態で、紺野とのエッチなんて勿論ある筈もなく、 代りにあの日、目に焼き付けた紺野の痴態で毎日性欲を発散させるばかりだった。 「ハァ〜…………せめて話がしたいよ」 机に向ったままでノートを眺めているその横顔から目を戻し、俺はまた溜息をついた。 「愛ちゃんずるいよね〜」 「あたしたち熱くて死にそうな思いしてるのにねー」 ダルそうではあるが、死にそうに無い元気な声が耳に届いた。 あー…そういや高橋来てないよな。サボりなのか? 今週は月曜から姿を見ていない隣の席に目を向ける。 そういやあいつ、紺野と仲良いけど俺と紺野の関係って知ってんのかな? …いくら仲良いとしてもああいう事は言わないか。 そんな事をチラッと考えつつ、汗で首に貼りついたシャツの襟を剥しながら、 何とは無く、その元気な声の方にぐるりと顔を向けた。 相変わらず元気だよなぁ、あの2人… 「ぁ…」 目に飛び込んできた光景におもわず固まった。 机の上に座った片方の、無防備に開かれ揺らされている白い脚。 その上、中に風を送るようにスカートをバサバサやっている。 おかげでむっちりした内ももどころか、ぷっくりと膨らんだ付け根まで丸見え… 気持ちの落ち込みとは全く関係無く、 あいも変わらず元気一杯の俺の分身がムクムクと目を覚ました。 色気無いと思ってたけど、案外………… 無意識に、その膨らみに紺野のあそこの映像を重ね合わせてしまった俺。 そして顔とそこへ交互に目を移しながら危ない妄想を…… ――仲間内では一番控え目なエッチしそうだよな。 迂闊にも俺の下で悶える姿までも想像……… 極度に恥かしがって両腕で顔を隠すその姿……… ふと、同じ方向を向いている紺野の顔を見つけ、 俺は慌てて顔を戻して股間を隠すように身を丸めた。 何考えてんだ?俺。 股間に先走り液の湿り気を感じながら、無理矢理別な事を考えてみる。 … ………ぅ ……………………… ダメだ、何も思いつかねーや。 小川の淫れる姿ばっかり想像してる……… 俺は妄想の映像を打ち消そうと、刺激的な光景とは反対の窓の外へ顔を向けた。 あまりにも健康的な眩しい陽の光。 それには似つかわしくない自分の妄想と、目一杯勃起した分身にちょっと苦笑いした。 あの日… 紺野との屋上での時間を過ごし、照れながらも幸せな時間を噛み締めながら階段を下りた。 お互いに告白は無くとも恋人同士になれた気になっていた。少なくとも俺は。 それはやっぱり俺の思い違いで… あの、急に素っ気無くなった紺野の表情が脳裏に浮かんだ。 バランスを崩し、階段を踏み外しかけた紺野を上手く抱き寄せた時おもいがけず近寄った顔。 少し緊張してるような頬。 潤んでた瞳が照れたみたいに俺の目から視線を外した。 このタイミングなら言える。言うなら今しかないって思った。 ここで優しくキスをして告白を…… しかし結果は… 『あ…わ、私、トイレ寄って身体拭いて帰るから。汗臭いしまだ汚れてるし…』 そう言ってするりと俺の腕から逃げた紺野。 『そ、そうか?…待ってるから出来たら一緒に帰ろ…』 『ごめん!…なんか恥かしいし、部活とかで残ってる人に一緒のトコ見られるのもマズイし』 そして俺の言葉を遮るように早口で言った台詞。完全にフラれたと感じた。 あの最後の言葉に、本命はちゃんと居て、今部活で校内に居るんじゃないかとさえ思った。 その相手が近場に居る空間で、刺激を求める為だけに俺とシタだけ。 俺は所謂セックスフレンドってやつ。 未練がましく教室で1時間近く待ってみても、結局戻って来なかった紺野。 その事は更に俺の想像を膨らませ、若しかしたら今度はその男とシテるんじゃないかとさえ考えた。 誰も居ないガランとした教室の中、 ただ紺野の机を眺めながら俺のネガティブな妄想は膨らんでいく。 昼間の屋上で、下半身の白い肌を丸出しにして男と絡む紺野の姿が浮かぶ。 揺れる結んだ髪。 小さく漏れ聞こえてくる詰まるみたいな可愛い喘ぎ声。 壁にしがみ付くように手を着いて、後ろから男に突かれているその姿に胸が締めつけられる。 場面が変わり、今度は男の背中が映る。 男の顔は見えないものの、そいつの肩に乗った紺野の顔が見えた。 おでこに汗でまばらに前髪を貼り付けた紅潮してる顔。 薄く閉じられた目と中途半端に開いたままの口。 抱えられてだらしなく揺れているソックスと上履きを履いたままの片脚… ―――――ヤリマ… そいつに対する嫉妬と自覚しながら、浮かんで来てしまう侮蔑の言葉。 ―――違っ! その光景を振り払うように頭を振った。 ふわっと香った移り香が、いつもの可愛らしい笑顔を思い浮かばせた。 のほほ〜んとした表情。 食事の時の至福の表情。 授業中の真剣な表情… どの表情も仕草も、その侮蔑の言葉とはあまりにも掛け離れたものだった。 そもそも、男とそういった関係があるとは全く結びつかない程に。 「最低だ、俺」 一瞬でも侮辱的考えを持った自分に幻滅しながら、その想像を無理矢理止めた。 その途端、ぼんやりと眺めていた紺野の机の上の携帯に目が止まった。 紺野にしては飾りがあっさりした携帯。 こんなだったっけ?などとぼんやり考えながら暫く眺めていた。 戻ってこない紺野。 バスケ部のホイッスルらしき音が聞こえた。 ―――――若しかしたら待ち受けにそいつの写真が。 突然さっきの映像が甦りかけた。 …くっ! おもむろにそれを掴んだ俺は、震える手で開いていた。 だが、緊張のあまりボヤケた視界に飛び込んできた写真は、 ピースサインをしている二人の女の子だった。 ホッとしたと同時に、こんな覗き紛いの行為に罪悪感が生まれて慌ててそれを閉じた。 「やっぱり最低だ、俺」 いつから降っていたのか、自分の声に被さって聞こえた強い雨音。 「濡れて帰れる、か。フラれたわけだし涙雨って事で丁度いいよな…」 自分に言い聞かせるようにそう呟いて立ちあがった。 結果はどうあれ、告白さえ出来なかった自分の不甲斐なさと、 自分の汗の臭いに混ざる薄い紺野の移り香に泣きそうになった。 階段を下りている途中、遠くでトイレらしきドアが鳴いた音が聞こえた。 「え?授業中なのにメールよこしたの?愛ちゃん」 ひっくり返り気味のその声と、 汗でまた貼り付いていたシャツからの嫌な感触に、俺の思考が現実に戻された。 あの時とはうって変わって眩しい光に包まれている教室。 何が楽しいのやら、やたら元気な黄色い声が飛び交っている。 汗から逃げるように肩をすくめた俺は、 あの日のショックを思い出して沈んだテンションとは裏腹に、 さっきの続きを期待して無意識に顔をそちらに向けた。 ……終わってたか。 しかし再びそれが開くのを待つように、揺らされている脛を見続けちゃう俺… 背中を向けている新垣が、ブラを気にするように脇に手を伸ばしてる。 ――恥じらいとか無いんかな。まぁ、見られてるとは思ってないんだろうけど。 そう考えながら苦笑い。 白…じゃないよな。 ちょっと色付いてるように見えるし。……水色? 新垣の背中に透けて見えるブラの線。 角度が変わったら色が判るかも。なんて首を傾けてみたりして。 あっ… 視界に入った紺野から逃げるように、自分の顔を手で隠した。 バ、バレてないよな……あぁ、やっぱ水色みたい…んっ!? 一瞬だけ見た妙な違和感に、顔を半分隠したままで紺野に目を戻した。 小川と新垣の方を向いている紺野。 その表情は、さっき俺の妄想に浮かんでいたどれにも当て嵌まらなかった。 そちらを向いたままで頬を引き攣らせ、怒りのような悲しみのような表情をしてる。 数秒後、口元に握り締めた拳を当てたその顔が大きく歪み、俯いた。 そして今度は爆発しそうな何かを押さえ込むように机に突っ伏した どうしたんだ?あれ。小川達と喧嘩でも……?? 賑やかな声から逃げるかのように腕に埋めた頭。 こちらから見える片方の拳には、かなりの力が入っているようだ。 大丈夫か?あれ。 そういえば、前の休み時間もギリギリまで帰ってこなかったし… …声をかけるべきか……だけどこんな人が大勢居る中じゃ…… 机に突っ伏してる紺野に目を向けて心配しながらも、勇気の無い俺は立ち上がれない。 おまけに本能がしつこく小川のスカートへ目を泳がせる。 おっ! また顔を覗かせたパンツに密かにガッツポーズ。 だがほぼ同時に椅子から立ち上がり、 鞄を持って教室の出口に歩き出した紺野に、俺の目は釘付けになっていた。 気のせいかもしれない。 けれど、廊下へ消えたその後姿はどこか思い詰めているようで、 そしてそのまま消えて無くなってしまう様にも見えた。 「あ、こんこん。そう言えば愛ちゃんが……あれ?」 「ん?あれ?トイレかな?」 紺野が消えたドアを呆然と眺めていた耳に、またのん気な声。 …っ!何やってんだよ、お前ら! その瞬間、「ゴメン」だとか「何それ」とか「愛ちゃん何かしたのかな」とか続く声に苛立ちながら、 俺は椅子から立ちあがり、鞄を持って走り出していた。 ◇◇◇ …で、 どうすりゃいいんだろう…… 首を振りながらフル回転で回ってる扇風機。 頑張ってはいるんだろうが、その機械は熱気を攪拌するだけで殆ど機能していない。 そのせいで、着替えたばかりのTシャツには既に汗が滲んでいる。 窓を開け放っておきながらも、そんなおもいっきり蒸し暑い俺の部屋。 そして、俺の左手を握ったままで小さく寝息を立てている紺野。 何かあったんだろうが、 フッた男のベットでこんなカッコでこれほど無防備なのって… ――― 教室を出た俺は、そんな事は無いだろうと考えつつも、まず屋上に昇った。 幸いにもそこでは紺野を見つけることは出来ず、一気に昇降口へ。 居た! 下駄箱の前で俯いている後姿。 「紺野。大丈夫か?」 ホッとしながら息切れ気味の肺から声を絞り出す。 紺野は俺の声に気付いたようだが、立ち尽くしたままで動かなかった。 ゆっくりと近づいていく。 俯いたままの横顔には髪がかかり、表情は見えない。 2メートルほどの距離を置いて、俺の足も止まった。 その辺の柱にでも停まったらしい耳障りな蝉の声。 黙ったまま動かない紺野。 何があったか解らない。こんな時、どう声をかけたら―― 「お、おい…紺野?……」 その表情を覗き込むようにしてまた声をかける。 ちょっと困った時にホッペに出るエクボみたいな引き攣り。 それをくっつけた顔がゆっくりと俺の方を向いた。 「だいじょう…」 そう言いかけた途端、潤んだ大きな目から大粒の涙を溢れさせた紺野が、 飛び込むようにして俺の胸にしがみ付いて来た。 「ちょ、な…ど…」 突然の事に戸惑う俺をよそに、胸に頭を埋めたままで嗚咽を漏らす紺野。 その声は、蝉の声を凌ぐボリュームで俺の耳が拾ってしまい、 背中に回された手がシャツを握り締めるように、俺の胸を締め付けてくる。 痛い。 ――何があったか知らない。別に言ってくれなくてもいい。 ――若しかしたら誰かの代わりかもしれない。それでもいい。 とにかく今、胸の中で泣き震えているこの身体を守ってあげたいと、 華奢な背中と押し付けられている頭に、無言のままでそっと手を添えた。 それからどのくらい経ったのか、始業のチャイムが鳴った。 「大丈夫か?」 まだしがみ付いたままだが、幾分落ち着いてきたような紺野に聞いてみる。 「……ェグッ」 えづきながらも頭が頷いた。 「教室…戻るか?」 「…」 今度は動かない頭。 聞いてしまった事にちょっと後悔。 普通に考えても、泣いた後に教室になんて戻りづらい。 精神的なものもあるが、泣き腫らした顔をクラスメートに見られる訳だから… おまけに女の子だと尚更だろう。 それに、原因があの二人との喧嘩だとしたら戻りたくなんてないだろう。 カバンも持って出てきた訳だし―― 「じゃ…とりあえず俺の家行くか」 あ… 言った言葉にまた後悔。 まるで弱っているところに付け込むようなこの発言。最悪…俺。 紺野が自分から言うかどうかは判らないが、相談に乗れるのなら聞いてあげたい。 ちっぽけでも役に立てれば… そういうつもりで言ったんだが…… そんな言い訳を仕掛ける前に、 どう捕らえたのか知らないが紺野は素直に頷いてくれた。 「じ、じゃ、帰ろ」 「…ヒグッ」 しがみ付いていた熱がノロノロと離れていった。 離れて初めて思い出した当たってた胸の感触に妙に照れながら、 俺も靴をすばやく履き替え、空いていた紺野の手をギュッと握り締めた。 泣き顔のままで俺の方を向いたその顔が、ちょっとだけ微笑んでくれた。 俺の家への道すがら、終始無言だった紺野は部屋へ着いても変わらなかった。 せめてもの救いは途中から泣き止んでくれた事くらいか。 しかし…気まずい。おまけに暑い。 扇風機を紺野側に完全に向けていた為に、 テーブルの前に座った紺野に背を向けて机に向っていた俺は、すぐに汗だくになった。 この気まずい雰囲気から逃れようと、部屋に紺野を一人残してシャワーを浴びて戻ってきても、 紺野が膝を抱えて体育座りになっていただけで、重苦しい空気は何ら変わっていなかった。 テーブルに置かれた麦茶のコップも汗だくになったまま… 「俺も扇風機に当りたいから…横、座っていいか?」 下心が無いことをアピールする為に、紺野に理由を述べ、確認を取ってみる。 無言の頭が頷いたのを確認し、手を伸ばせば届く程度の距離を置いて横に座る。 そしてまた黙っちゃう俺…なんとなく目を瞑った。 学校に居たのとは違う種類の蝉の声。 低く唸る扇風機。 無言のままの紺野。 漂っている甘酸っぱいコロンの匂い。 いや、ボディーソープみたいな柔らかい感じは体臭なのか…? ――なんだろう?この感じ。 紺野は今、辛い感情で一杯なのかもしれない。 だが落ちつかなかった俺の気持ちは、不思議と穏やかになっていた。 「…ん…」 何時の間にか眠っちゃってたらしい。 浅い夢の中で豪快に階段落ちをして目が覚めた。 ふと横を見ると、紺野も体育座りのままで舟を漕ぐように揺れている。 カクンと大きく揺れては真ん中に戻り、またゆっくりと傾いていく。 多分放って置いたらテーブルに激突するのは目に見えていた。 膝を抱えた腕に埋めた顔。 それを覗く様にして、小さく声をかけながら肩を叩いてみる。 「紺野?」 返事の替りに穏やかな寝息が聞こえていた。 また角度を変えて傾いていくそれ… 「…っと」 今度は崩れそうになった体を片腕で支えた。 「……」 起こすのもなんだし…ベットに横にするか… 俺は体制を入れ替え、所謂お姫様抱っこの要領でその体を抱き上げた。 それと共に、腕の中から香って来るさっき嗅いでいた甘酸っぱい匂い。 まるで巨大な匂い袋みたいに濃い香りを放っている。 「っ!な…んむっ」 激しい眩暈に動揺しながら慌てて息を止め、目も瞑った。 いきなり鼓動が激しくなった心臓と予想外に軽すぎる体にも驚きながら、 ベットに乗せた体の上へ、香りを覆うようにタオルケットをかけた。 紺野の頭側。ベットの脇に腰を下ろす。 「はぁ…」『ゴン』 壁に背中を預け、一息入れてから、気付けがわりに後頭部を壁にぶつけた。 片方の肘をベットの縁に乗せる。 数秒で点いた濃い移り香にドキドキが収まらないままで、 仰向けで、ちょっとあちらに首を傾げている紺野をチラリと見る。 …危なかった。 あのまま匂い嗅いでたら絶対抱き締めてたよ… だけど紺野ってこんなにイイ匂いしてたっけ?? 裸で抱き合った事も数度あったのに、これ程までに濃く良い香りは初めてだった。 性欲を湧かせるというのではなく、何時までも抱き締めていたい香り。包まれていたい香り… 泣いたらあんな体臭になんのか?なんて阿呆な事を考えながら、また紺野をチラリと見た。 多分暑いんだろう。寝ながらも片方の手が制服の首元を弄り、その部分を開けたようだった。 …あんなとこにボタンなんかあるんだ。なんてこっそりと新発見。 ちょっとだけ見える鎖骨。そこに光るじっとりと掻いている汗。 扇風機、近くに置いてやるか。と、腰を浮かしかけた時、 小さく唸った紺野がタオルケットを剥ぐように寝返りを打って俺の方を向いた。 え?ちょ…なっ… 捲り上がったスカートから丸見えの、可愛い柄のクリーム色のパンツ。 ちらっと見えてる脇腹。 開いた制服の胸元から覗く、パンツと同じ色のブラの肩紐。 それに加え、また開放されたあの濃く甘酸っぱい匂い。 動けなくなった。 眠ったままの紺野はそんな俺の手を握って来て、ますます動けなくなった。 どうすりゃいいんだろう…… 首を振りながら、人の居ない方へフル回転で風を送ってる扇風機。 頑張ってはいるんだろうが、意味の無いその行為。 そのせいで、着替えたばかりの俺のTシャツには既に汗が滲んでいる。 さっきよりも雫の大きくなった紺野の首筋の汗。 窓を開け放っておきながらも、そんなおもいっきり蒸し暑い俺の部屋。 そして、俺の左手を握ったままで小さく寝息を立てている紺野。 クラクラするくらいに濃い香りを発散させながら… 何かあったんだろうが、 フッた男のベットでこんなカッコでこれほど無防備なのって… 見てらんなくって、どうにも心配で、何かしてあげたくって連れて来たんだが… 下心なんてホントに欠片も無かったんだが…… ふと目を向けた安らかな寝顔の目の下に、濃いクマを見つけた。 ―――俺って今の紺野の役に立ってんのか? 抱きしめたい欲求が湧いたのを苦笑いしながら、 握られた自分の手を見ながらそんな事を思った。 帰り道。まだベソをかきながらも、紺野は俺の手をしっかり握って付いて来た。 泣き顔を見てしまったせいもあったかもしれない。 教室ではあれだけ息子が元気だったのに、そういった事は全く頭に浮かばなかった。 暑過ぎるせいもあるのか、有難い事に道行く人は殆ど居なかった。 唯一すれ違ったのは、保育所らしき子供達の集団と、それに付き添う保育師さん3人だけ。 あれは参った… 「あー!お姉ちゃん泣いてるよー」 目ざとく紺野の状態をみつけた女の子の声と共に。一気にざわつきだした集団。 不思議そうに無言で俺たちを見詰める幼すぎるカップル。 俺を指差して笑う小僧。 先生に質問しちゃってる子。 「女の子を泣かしちゃダメなんだよー」なんて、おしゃまな事を言ってくる女の子。 何故か泣き出しそうになっている女の子。 それに対して引き攣った笑みを零すしかなかった俺… 止めてくれ。ほっといてくれ。と心の中で叫びながら歩みを速め、 ついでに笑ってた小僧にはゲンコを食らわしていた。…あくまで心の中で。 それだけならまだしも、 一人集団の最後尾に居た背の低い保育師さんまでほっぺたを膨らませ、 俺に向けて怒りの表情を向けていた。 大人なら見ないフリとかしてくれ…ついでにその反応はガキンチョと一緒だぞ。 なんて思ったのもつかの間、わざわざ立ち止まり、俺の歩みを止めてまで怒り出す始末。 やれ、女の子を泣かしちゃダメでしょ。とか、親に言われなかった?とか。 仕舞には、地獄に落ちちゃぇ。なんてどこかの地方訛りを交えて言ってきた。 幼いカップルに「なつみ先生行くよ」って言われてエプロン引っ張られなかったらどうなってた事か。 でも感謝すべきか… さすがに驚いたのか、俺がその保育師さんから開放された時には紺野も完全に泣き止んでいたし。 鼻を啜る音に混じって笑ったような音も聞こえたし。 そんな事を考え、おかしなあの保育師さんを笑いながら、 部屋に漂う甘酸っぱい香りに抱かれ、シャンプーの香りらしき中に埋まるようにして、 何時しか俺も眠りに落ちていった。 玄関で紺野を見送って戻った俺は、またベットに寄りかかって部屋の中を見渡した。 空になったコップ。 きちんと畳まれてベットに乗ってるタオルケット。 ベット側に向けられた扇風機。 その回転する音だけが低く響いている。 ―――何か変わったんだろうか。 ―――紺野の役に立ったんだろうか。 この場所で胡坐をかいて、ベットに上半身を突っ伏すように寝ていた俺が目覚めた時、 紺野は目の前でテーブルに向かって教科書を読んでいた。 すぐ目の前にあった白い二の腕。 その先の手のひらで軽く握られていた俺の右手。 意識の覚醒と共に鼻が感じた、あの濃い甘酸っぱい香り。 紺野を慰めるつもりだった筈が、眠りから覚めたあの瞬間は、俺にとって幸せ過ぎる時だった。 だが当の紺野はどうだったんだろう――― 『あ、起きた?』 俺の方を見てそう言って、すぐに離した手。 『じゃ、わたし帰るね』 そう言いながらもすぐに立ち上がらなかったあの間。 玄関で冗談で言った『襲う』とかじゃなく、あそこで抱きしめてやるべきだったんだろうか。 紺野をフッた誰かの代わりとして… その前に、俺の気持ちをきちんとぶつけて、無理矢理でもそいつの事を忘れさせるべきだったんだろうか… ――実際に襲ってまでも。 「気持ちは…俺の方に向いてないのにな」 扇風機の音に自分の声が絡まった。 ほんのり漂っている香り。 それは確かに紺野が居たことを教えてくれる。 だが、あれ程までに心地良かった雰囲気は感じる事が出来なかった。 ――気配…か。 今、ここに居ない紺野。 若しかしたら、あの好きな奴に会いに行ったかもしれない。 突き付けられた、完全に代役であろう事実にじわじわと寂しさが湧き上がってきた。 俯いて鼻が感じたTシャツについた濃い移り香。 これを他の奴が包んで…… あくまで俺は友人の一人。そして恋人の代役。 辛い事があったら慰めて甘えさせてくれる相手。 無防備に部屋に上がり込んでも襲ってこない安全な相手。 時には都合よく性欲も満たしてくれる相手。 結局…俺は代役の上に都合のいい相手ってこと。 初めの頃は、興味が先行して進んでいった関係。 ぼんやりとはあったものの、いつしか心から好きになっていた。 たださっきみたいに傍に居てくれるだけでも幸せになれる程… 気配があるだけで安心できる程…… 「代役なら…させんなよ…そんな軽いのかよ…」 涙が出そうになって、慌てて顔を上げた。 また始まったやかましい蝉の声。 玄関で見たのと同じ強い陽の光。 その光の中に、ドアの向こうで手を振った紺野の笑顔が浮かんだ。 直前まで泣いたせいで、ちょっと腫れてた目元。 けれど、あの笑顔はヒマワリみたいに眩しかった。 もうあの笑顔しか見たくないと思ったのもあった。 それに、代役から本命になってやると心の底で考えたのかもしれない。 無意識に、フッた相手を紺野に無理矢理忘れさせようとしたのかもしれない。 この日以降、代役と割り切りつつも、 自分からも積極的に紺野の身体を求めるようになっていった。 ―――男として、ライバルよりも強い快感を与えて溺れさすように。 ―――抱きながら、溢れる『好き』という強い想いを伝えるように。 エピソード]U (SIDE OF ASAMI@♂.ver)-擬態- (了)